第2回 住民主体の街づくり

 最近は、公園や水辺空間、あるいは地域ホールといった公共施設整備を住民参加で行うことが当たり前になってきました。しかし、街づくり、特に道路整備がからむような事業への住民参加は、あまり進んでいません。それは、道路整備の話になると、必ずと言ってよいほど地元で反対運動が起るからです。このため、行政は、住民参加で道路計画がまとまるはずがないと考えます。
 私は、こうした相談を受けた場合、必ず、「住民参加」ではなく「住民主体」で行うことを薦めています。ここでいう住民主体とは、会議自体を、座長も含めて全て住民で運営してもらうという意味です。つまり、住民自身に道路計画を考えてもらうということです。
 こう言うと、そんなことをしたら、収拾がつかなくなるのではないか、万が一まとまったとしても、とんでもないプランになるのではないかという心配をされます。
 まず、収拾がつかなくなるという心配に対しては、無責任のようですが、収拾がつかないような地域なら、形だけの住民参加で計画段階を乗り切っても、事業実施の際に収拾がつかなくなるはずで、それなら、事業予算が付いてから行き詰るより検討の段階で行き詰る方が良くはありませんかと答えます。実際は、住民にまかせても心配はありませんが、あらかじめ保証はできませんので、結局は割り切ってもらうしかありません。
 むしろ、もう一つの、とんでもないプランになるのではという心配に対する回答が、収拾がつかなくなるに対する間接的な答えになると思います。この心配は、例えば、道路計画は様々な制度や基準、あるいは予算といった制約条件を勘案して作成されるものですから、素人が、そうした制約条件を無視して考えると非現実的な案になってしまうという先入観から来ています。実際、会合の第1回目には、絶対反対に混じって全区間地下化といった、現実的には無理な案が出されることがあります。
 こうした心配に対しては、その制約条件を素人にも考えてもらったら良いでしょうと答えています。制約条件は、例えば、都市計画決定をしなければ国の補助金が付かないとか、都市計画決定をするためには道路幅員は何メートル、曲線半径は何メートル、勾配は何パーセント、また、事業費は自治体予算から考えてこの程度というように、一つ一つは何も難しい物ではありません。これらを、段階を経てクリアしていけば、専門家であれ素人であれ、ほぼ同じ結論にたどり着くはずです。
 ただし、それには、白紙から検討してもらうことが大切です。むしろ、たたき台としての計画案の提示は障害となります。なぜなら、誰でも図を見せられると代案を考えたくなるからです。そうなると収拾がつかなくなります。逆に、白紙だと、制約条件の一つ一つを皆で考え、各々が納得の上で段階を踏んで行くことができます。つまり、収拾がつかなくなることもなく、とんでもない案がまとまるということもありません。
 もっとも、道路計画の場合、道路用地にかかる人とかからない人、道路から近い人と遠い人、といった利害対立が生じることの方が、収拾がつかなくなる大きな要因だという反論があろうかと思います。これに対しては、だからこそ、そういう人たちが一緒になって考える住民主体の進め方が適していると答えていますが、これについては次回に説明します。